緊急支援輸送

Emergency Relief Logistics

 大規模地震等の発生後,被災地域と地域外との間で物資・人を運ぶ緊急支援輸送(Emergency Relief Logistics, ERL)が経済活動・人命維持のために必要です.特に,物資を大量に運ぶ場合,陸上ルートが途絶した場合等には,海上ルートを経由し港湾を利用した緊急支援輸送(港湾利用のERL)が重要となります.
 そこで,港湾利用のERLに着目し,ボトルネックとなる可能性の高い過程を事前に把握することを目的に,数値シミュレーションを用いた研究を行っています.

図 港湾利用のERLの輸送過程(例)

1. ERLの事例と既往の研究

 間島1)は,2011年東日本大震災について1次輸送は概ね順調であったが,2次輸送及び3次輸送で物資が滞ったと指摘しています.また,物資充足率を需要地間で均等に満たすようなERLのシミュレーション手法を提案し,具体例として東京都における2次輸送及び3次輸送に適用しています.その結果,区市町村の荷受能力の不足,区市町村に物資が滞留することを表現したとしています.

 港湾利用のERLでは,トラック輸送の状況も考慮したうえで,船舶の需要を適切に想定する必要があります.そこで,小野ら2)は,船舶輸送とトラック輸送とを一体化した港湾利用のERLのシミュレーション手法(地域外から被災地域の港湾へのフェリー輸送と,トラックによる2次輸送まで)を提案しています.また,想定南海トラフ地震について高知市中心部を事例に試算を行い,船舶輸送の部分は詳細な設定値を具体的に示しています.その結果,ピーク時需要量の32.7%を高知港から荷揚げ可能と推定しています.

 ただし,これらの既往の研究では,国土交通省の調査報告書3)に基づきトラックが市街地を一定速度(15km/h)で移動するとしているなど,時間経過とともに大きく変化する輸送環境を表現するには限界があります.また,2016年熊本地震の被災地域では,プッシュ型集積所の設置4),二次輸送の担い手の確保4),指定外避難所での需要の発生などの新たな課題も生じています.

 こうした課題を解決するため,1次~3次輸送を一体的に取扱い,時間経過とともに変化する輸送環境を表現できるシミュレーション・モデルが必要と考えられます.さらに,同モデルを用いてERLの行動を可視化できれば,ERLの関係者の間で災害イメージが共有され,より実践的なERL計画の策定が行われることが期待されます.

参考資料:

  • 1) 間島隆博:災害時における救援物資の輸送体制とシミュレータ,久保幹雄・松川弘明編,サプライチェーンリスク管理と人道支援ロジスティクス,近代科学社,pp. 201-234,2015.
  • 2) 小野憲司・辰巳順・中尾健良・島倉康夫:大規模災害時の緊急支援物資輸送における長距離フェリーの活用とその課題,沿岸域学会誌,28(1),pp. 71-82,2015.
  • 3) 国土交通省都市・地域整備局大都市圏整備課:基幹的広域防災拠点を中枢とする緊急輸送ネットワークインフラの形成に関する調査報告書,pp. 93-96,2003.
  • 4) 西脇文哉・畑山満則・伊藤秀行:熊本地震における緊急支援物資の計画と実態に関する考察,土木計画学研究・講演集,55,CD-ROM,10 p.,2017.

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2. 海陸一貫大量輸送システムの開発プロジェクト

 「巨大災害下における避難民の生命・健康等維持のための海陸一貫大量輸送システムの開発」プロジェクト(独立行政法人日本学術振興会・科学研究費助成事業,研究期間:2015年4月~2018年3月,代表者:小野憲司)を実施しました.

2-1. プロジェクトの概要

 本研究は,南海トラフ地震等の巨大災害発生時における陸上ルート途絶地域に向けたERLとして,捜索・救助要員・資機材の輸送や被災者の生命,健康維持のための支援物資の供給,高齢者・疾病者の被災地外への避難搬送等を海陸一貫で効率的,効果的に行うための手法を開発するものです.研究は,次の4つの部分から構成されます.

  • 港湾管理記録やAISデータ等に基づき,巨大災害後の緊急支援輸送船の動静や関連する陸上交通手段確保の実態を分析
  • 港湾BCPと連動した海陸一貫緊急支援輸送のエージェント・ベースド・シミュレーション(ABS)モデルを開発
  • 過去の巨大災害時の緊急支援物資の需要変動データに基づき,災害発生後の緊急支援輸送需要の時系列変化を定量的に評価するための手法を開発
  • 上記の成果に基づきケーススタディを実施.またその結果を踏まえて緊急支援物資の海陸一貫輸送網形成に向けた政策展開の在り方を提案する

2-2. ABSモデルの開発

 小野ら(2015)の研究を参考としながら,港湾利用のERLを数値シミュレーションするためのABSモデルの開発を行っています.

  • 1) 港湾から避難所まで(1次~3次輸送)の船舶輸送・トラック輸送モデルの開発
  • 2) 避難所への物資配分に関する規範的モデルの提案
  • 3) 搬入・搬出作業の所要時間等のパラメータの収集

2-3. 自動車交通需要の予測

 ERLの計画にあたって,自動車交通シミュレーションを用いて交通状況を表現し,輸送の所要時間を推定することによって,ERLを行う貨物車の必要台数,各避難場所における物資充足率等を見積もるという手法を考えます.しかし,同シミュレーションを行うためには,地震発生後の対象地域における自動車交通需要を適切に予測する必要があります.そこで,過去に発生した地震・津波について,被災直後及び復旧期の自動車交通需要に関するレビューを行いました1).その結果,以下の点などが分かりました.

  • 1997年阪神・淡路大震災約3か月後の時点の総交通量は震災前と比べて65%程度であったとの報告があり,被害地域の自動車交通需要は全体として大きく変化するようである.ただし,自動車交通需要のうち乗用車類について地区間のばらつきが大きいなどの報告もあり,日常的行動の再開時期等を考慮して地区ごとに適切に設定する必要がある.
  • 貨物車類は,被災直後に大型車が最大で全体の半分程度に達した事例が報告されており,支援車両等の影響を大きく受けていると考えられる.
  • 需要変動型利用者均衡モデルを用いて自動車交通需要の地震時の変化を推定する手法が多く報告されていた.ただし,既往の文献はいずれも地震を対象にしていて,津波を対象にしたものはなかった.地震・津波の被害地域に適用するためには,例えば津波で浸水して長期に湛水している場合,当該地区の発生・集中交通量をゼロにするなど,津波が自動車交通需要に及ぼす影響に着目した改良が必要と考えられる.

参考資料:

2-4. 遺伝的アルゴリズムを用いた配送問題の最適解の探索

 現状で配送にかかる時間は,実際に訓練をしたりシミュレーションを行ったりすることで把握できます.それではその状態は,「最適」な場合の配送時間と比べると,どの程度の成績なのでしょうか.このように,現状を評価するためにその比較対象として最適解を知る必要があります.また,そもそも最適解とはどんな意味の「最適」なのでしょうか.こうした観点から,避難所への物資配分に関する規範的モデルの提案に取り組んでいます.

 トラックなどにより,配送センターから複数の配送先へ時間,コスト,台数などを出来るだけ抑えて配送するときの訪問順序を求める問題を「配送問題」(Vehicle Routing Problem)と呼びます.この組合せ最適化の問題を実用的規模で解くために,近似解法1)やヒューリスティック(heuristic,試行錯誤的)な手法がこれまで提案されてきています.ヒューリスティックな手法のうちの一つに,遺伝的アルゴリズム(Genetic Argorithms)があります.そこで,遺伝的アルゴリズムを用いて,ERLのトラックの配送問題について最適解の検討を行っています2).この検討では,事例として高知市及びいの町の一部を対象に,一次集積所から先へ配送する場合に「効率性」を重視したケースと「充足度」を重視したケースとをそれぞれ試算して比較しました.

参考資料:

  • 1) 例えば,Clarke G. and Wright J. W.: Scheduling of vehicles from a central depot to a number of delivery points, Operations Research, 12(4), pp. 568-581, 1964.
  • 2) 熊谷兼太郎・小野憲司:遺伝的アルゴリズムを用いた緊急支援輸送(ERL)の評価手法に関する検討,年次学術講演会講演概要集,土木学会,76,2020.

2-5. シミュレーション事例

動画 船舶輸送のうち入出港部分のシミュレーション事例(画像上で右クリックして再生・停止)

動画 トラック輸送のうち2次輸送のシミュレーション事例(画像上で右クリックして再生・停止)

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3. 参考となる図書など

 緊急支援輸送(ERL)の研究に関して参考となる図書・報告書を紹介します(敬称略,順不同).

図書(和書)

  • 久保幹雄・松川弘明:サプライチェーンリスク管理と人道支援ロジスティクス,近代科学社,2015.
  • 平野廣美:これだけの荷物を何台の配送車で配達できる?,続・遺伝的アルゴリズムと遺伝的プログラミング,パーソナルメディア株式会社,pp. 89-124,2006.
  • 荒木一視・岩間信之・楮原京子・熊谷美香・田中耕市・中村努・松多信尚:救援物資輸送の地理学 被災地へのルートを確保せよ,ナカニシヤ出版,2017.
  • 山崎栄一:自然災害と被災者支援,日本評論社,2013.
  • 大西裕・五百旗頭真:災害に立ち向かう自治体間連携 東日本大震災にみる協力的ガバナンスの実態,ミネルヴァ書房,2017.
  • 小原隆治・稲継裕昭:震災後の自治体ガバナンス(大震災に学ぶ社会科学 第2巻),東洋経済,2015.
  • 稲継裕昭:大規模災害に強い自治体間連携 現場からの報告と提言(早稲田大学ブックレット 「震災後」に考える),早稲田大学出版,2012.
  • 中村民雄:早く的確な救援のために 初動体制ガイドラインの提案(早稲田大学ブックレット 「震災後」に考える),早稲田大学出版,2014.
  • 早稲田大学マーケティング・コミュニケーション研究所:大災害時に物流を守る 燃料多様化による対応を(早稲田大学ブックレット 「震災後」に考える),早稲田大学出版,2014.
  • 愛知東邦大学地域創造研究所:東日本大震災と被災者支援活動(地域創造研究叢書 No. 19),唯学書房,2013.
  • 野田正彰:災害救援,岩波書店,1995.
  • 朝日新聞(中村通子・岸上渉):災害支援オプティマイゼーション 被災者の健康を守れ,朝日新聞社,2016.
  • 岩崎信彦・鵜飼孝造・浦野正樹・辻勝次・似田貝香門・野田隆・山本剛郎:阪神・淡路大震災の社会学 第1巻 被災と救援の社会学,昭和堂,1999.
  • 東日本大震災合同調査報告書編集委員会:東日本大震災合同調査報告 土木編6 緊急・応急期の対応,丸善出版,pp. 7-9 & pp. 475-484,2017.
  • 須藤彰:東日本大震災 自衛隊救援活動日誌-東北地方太平洋沖地震の現場から,扶桑社,2011.
  • アレン・H・バートン(著)・安部北夫(監訳):災害の行動科学,学陽書房,pp. 113-185 & pp. 261-306,1974.

図書(洋書)

  • Kovacs G.and Spens K. M.: Relief supply chain management for disasters: humanitarian aid and emergency logistics, IGI Global, 2011.
  • Sahay B. S., Gupta S. and Menon V. C.: Managing Humanitarian Logistics, Springer, 2016.
  • Decker M.: Last Mile Logistics for Disaster Relief Supply Chain Management, Anchor Academic Publishing, 2013.
  • Zeimpekis V., Ichoua S. and Minis I.: Humanitarian and Relief Logistics, Springer, 2013.
  • Henderson J. H.: Logistics in Support of Disaster Relief, Author House, 2007.

報告書

  • 財団法人運輸経済研究センター:大規模災害等の緊急時輸送対策に関する調査研究報告書,229 p.,運輸経済研究資料,580589,1984.
  • 財団法人運輸経済研究センター:大規模災害等の緊急時運輸交通対策に関する調査研究報告書,197 p.,運輸経済研究資料,590607,1985.
  • 財団法人運輸経済研究センター:大規模災害等の緊急時運輸交通対策に関する調査研究報告書,184 p.,運輸経済研究資料,600624,1986.
  • 財団法人運輸経済研究センター:大規模地震災害等における貨物緊急輸送及び代替輸送対策に関する調査報告書,102 p.,運輸経済研究資料,070934,1995.
  • 公益社団法人全日本トラック協会:東日本大震災における緊急支援物資輸送活動の記録,83 p.,2013.

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研究の小径: 施設配置問題のための物理的模型

 栗田治先生の著書「都市モデル読本」*では,アクリル板,ボビン,糸,錘などからなる物理的模型を使ってヴェーバー問題の解を求める方法が提案されています.ヴェーバー問題とは,図書館などを配置するにあたって利用者のコスト(ここでは距離とする.)の総和を最小にする施設配置問題の一つです.栗田先生が述べられているとおり「人間の営みを総移動コストの最小化という切り口で分析していくと,背後に物理的に解釈できる論理が流れていた」ことに気づかされます.物理的模型と数値計算のツールを教室に持ち込んで,対話的なやり取りをしながら両者を比較してみるなどの利用も出来そうです.

 また同書には,京都市中心部のような格子状街路と東京の主要幹線道路のような放射・環状街路において,街路内の任意の2点間を移動する場合に必要となる移動距離の数理モデルをそれぞれ作られています.これは,まちづくりの思想が人の移動にどんな影響を与えるか分析をするための有力なツールとなりそうです.以上は同書の一部をご紹介したに過ぎませんが,大いに興味を惹かれる本です.

*栗田治:造形ライブラリー05 都市モデル読本,共立出版株式会社,ISBN: 4-320-07680-X,2004.

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